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佐藤忠良氏
Fri.12.08.2011 Posted in Art


知人のブログで読んだ文章があまりに良かったので、転載させていただくことにする。



彫刻家・佐藤忠良さんの文章です。







自然に変わるどころか、自覚的に人生を歩んでいる人は、自分をつくり変える努力を重ねて生きていっている、とみている。

なぜこうした努力を重ねるかというと、自由な人間になるためである。

自由な人間というのは、偏見や権威に惑わされず、真理や美に対して直面し、勇気をもってそれを吸収できる知性や感性をそなえた人間である。

生まれたままの自然児が自由な人間なのではなくて、ほんとうの知性や感性を努力の末に獲得した人間が、自由なのである。



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感性を人間にそなわっている属性のように思っている人がいるが、わたしは、違う、と思う。

感性は、放っておけば鈍ってしまう。学問と同じように、努力して獲得するものだ。獲得の方法を吟味して、努力を積まなければならない。

ものを知るだけでなく、いろいろなことを感じるために、仮面をかぶった人生から自分を解き放つために、人間は努力して自分を変えなければならない。




知人のブログはこちら




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だって芸術がなんだなんて言うと
これほどはっきりしないものはないでしょ。
爆発的なものが芸術だなんていうのもあるくらいだし。
でも本当の芸術とは、能のように内側に爆発力や
瞬発力をすっと溜めて、ほんの少しの動きの中に
喜びや悲しみ、怒りを込めてるものだと思うんですよ。
お能というのは我々の祖先が発明した、
偉大な芸術だと思いますよ。
僕はね、滝沢修さんていう役者、劇団民藝のね、
確か「石狩平野」という芝居を見たんだけど、
その中で、滝沢さんは静かに囲炉裏の前で座ってんの。
それが、ぱっと立った時にね、ふわーと
舞台全体の空間を抑えちゃったの。
まだ僕が27、8で、滝沢さんが37、8だったと
思うんだけど、僕はそれを観た時にね、
「僕はこんな彫刻をつくりたいな」
と思ったんですよ。




もしも僕の作品の中にあなたが感じてくれるような
好い部分があるとするならば、それはその中に「抑制」
がいくらかあったからなのかもしれないね。
僕はいつも仕事をしてて、うまくいかない事の方が
多いんだけれども、この「抑制・・中に瞬発力を
溜めこんで、静かに力を込めていく」ということは、
いつも願いながらやっていますよ。 日本の短歌や俳句のようなものもやはりそうですよね。
「くやしー」とか「すきだー」とかをそのまま
十文字の中に書いても全然つまんないの。
そういう気持ちを、いろいろなものの中に
込めていくからいいものができるんですよね。






こちらは、佐藤忠良インタビューより。
http://www.saiseiseikatsu.com/interview/satou/index.html




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