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Mentor
Sun.22.05.2011 Posted in @Theater


いつものように彼の楽屋で過ごしていた、ある夜のこと。





ふいに、コンダクターのC氏が訪ねてきた。



椅子に腰掛けてわたしと話していた彼は、「ちょっと待ってて」と言って。
戸口に立つ彼女のところへ行った。





C氏は。
自分の指揮によるオーケストラの演奏のクオリティについて、彼に相談に来たのだった。





この日の公演のコンダクターは、主任指揮(兼カンパニーのアーティスティック・ディレクター)のD氏ではなくて。


D氏が休みのときと、主に水曜公演で指揮を務めるC氏だった。




彼の長年の友人で、すでに彼とは阿吽の呼吸であるD氏と比べて、どうしても。
C氏の指揮は、まだ硬いというか。


傍で聴いていても、確かに、ぎくしゃくしたところがあった。



というよりも、長きにわたって主演を張ってきたベテラン役者である彼の演技は。

歌唱もそうだけれども、呼吸やペースの取り方があまりにも緩急自在で。

また、それが一番の特徴であるきわめて情緒的な芝居のせいもあって、多分。


彼の、独特の呼吸を掴むのが、特に初手の人には難しかったんだろうと思う。


彼の歌唱は、ある意味、オリジナル・スコアを完全に逸脱していたから。







キャリアの長い(&彼とのつきあいも相応に深い)D氏は、彼の演技の特徴を完璧に把握していて。
役者の呼吸に合わせてオケを自在に操る、非常に練れた指揮者なので、そのあたりはまったく問題がなくて。

わたしは、いつも安心して、彼らの奏でる音楽に身をゆだねることができた。


が、C氏の指揮は、なんというか。


マニュアル通りというか、余裕がないというのか。
要するに、こなれていないというか。


ああそこはもっと余韻を残すべき、というようなところも、スコア通りにぷつっと切り上げてしまうようなところがあって。
確かに、聴いていて、フラストレーションが募ってくることがあった。



実際に、舞台の上の彼も、いつもより歌いにくそうに見えたけれども。

そんなことをわたしは、自分の口から彼に言ったことはなかった。




わたしは彼に、舞台の感想そのものを細かく伝えたことは、実は殆どない。

というのも、わたしには、妙に保守的というか。
ある面、古風な気質があって。

何によらず、プロの仕事に、素人が安易に口を出すべきではないと、固く信じているようなところがある。


どれだけ慕っていようが、どれほど懐いていようが。

それこそプロ中のプロである彼に、批判めいた感想なんて、畏れ多すぎてとても言えたもんじゃない。
というか、そんなことを口にすること自体、考えたこともなかったのだった。



だから、C氏が訪ねてきたときも。

自分はとっとと退室したほうが良いんじゃないか?
仕事の話に、部外者が立会うのはまずいのでは?

と一瞬思ったけれども。


なんとなく辞去するタイミングを逸してしまって、そのまま。


二人が真剣に仕事の相談をするのを、続き部屋のこちら側で聞いていることになった。






C氏はやはり、自分の指揮が彼の呼吸と合わないことで悩んでいたようだった。


彼は、ドアの側に立って、大きく身振り手振りを交えつつ。

時に、メロディを実際に口ずさみながら。


C氏に、自分の歌の入りや引きのタイミングや。

曲の解釈について、とても熱心に説明を始めた。




わたしは、舞台を降りた彼の姿は見慣れていたけれども。

舞台外で仕事モードの彼を、端で眺めたのは、このときが初めてだった。




今よりも、ずっと英語ができなかったし。

彼が早口で説明していることを、全部が全部、聞き取れたわけではなかったけれども。



彼の真剣な横顔や、穏やかな調子ながらもテキパキと説明する口調。
迷いのない挙動、自分のスタンスを、誠実に、真面目に、手抜きなく。

きちんと相手に伝えようとするその姿勢に。


なんというか。



ああ、本当のプロというものはこういうものなのだ、という。


それまでにない、強い感銘を受けたのだった。





これがプロフェッショナルなんだ。

どれだけ地位や実績や名声があっても、そこに胡坐をかくことなく。


必要とあらば、瞬時に現場まで降りていって、仕事のクオリティのために協働することができる。



この謙虚さ。

この真摯な姿勢。



これが、本当の、プロの仕事人というものなんだ。




自分もこうなりたい。

いつか必ず、なってみせる、と。






彼がわたしに教えてくれた、大切なことのうちのひとつ。





彼がわたしに教えてくれたことは、本当に、本当に、たくさんあって。
いまだに日々、教わってばかりで。

何ひとつ返すことのできていない自分が、歯がゆくて仕方がないけれど。




いつか、本当のプロになったわたしが、自分の仕事を全うできるようになったそのとき。




それが、この人に対して、きっと、一番の恩返しになるんだろう、と。






わたしは、わたしを見下ろして微笑む彼といるときに、いつも。





そう、自分に言い聞かせている。





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