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The Phantom of the Opera(November 25th, 2005)
Thu.28.04.2011 Posted in @Theater


このときが、すべての始まりだった。



って、大げさと思われるかもしれませんが、本当のことです。





わたしがオヤジに初めて会った日の記録。








※この記事は、2005年11月25日に書いたものの再掲です※




先ほど『The Phantom Of the Opera』を観てきたところですので、取り急ぎ感想を書いておきます。


結論から言いますと、Howard McGillin氏のファントム、実に素晴らしかったです。
まさかPhantomで、今さらこんなに胸を揺さぶられるとは思いませんでした。


こんな書き方をするとたいへん不遜なようで気が引けますが、自分的には、やっと納得が行くファントムに会えたという気さえ。



正直に言って、わたしはこの芝居、何度観ても、ストーリーは好きとは言えません。
今回の鑑賞でも、クリスティーヌのソロとかになると、たるくて心の中で巻きを入れてました。
DVDなら、間違いなく早送りしてるシーン多数。

原因はアレだ、どうにもこうにも、アンドリュー・ロイド=ウェバーが肌に合わないせい。

作曲家としても別に大して良いとは思わないALWですが、今回あらためて、映画と舞台を比較してつくづく思うに、この人、映画プロデューサーとしてはまるでとんちんかんです。全然ダメです。

今後の自作品(『サンセット大通り』の話があったはず)の映画化にあたっては、プロに任せたほうが良いと思いますよ。って大きなお世話でしょうけども。

何が言いたいかというと、まぁ、そんなわたしとALWの相性の問題はどうでもよくて、映画版と舞台版の出来は、まるで比較にならないってことです。
今回HM版ファントムを観て、確信しました。

演出、歌唱、何をとっても映画は舞台を全く超えていません。
(かといって映画と舞台は別物と言い切れるほどのオリジナリティもない)

この極めて通俗的なメロドラマを鑑賞に堪えうるものにするには、ファントムの歌がすべてといっても過言ではないんです。
逆に言えば、ファントムさえこちら側を納得させてくれれば、後はどうでもええ、くらいのものなんです。

ややもすれば「トンデモ話」に陥ちるこの物語がギリギリのところで踏みとどまれるか否か。
その唯一にして最大の肝、それがファントムの歌の力なんです。

であるからして、ファントムには、とんでもなくレベルの高い歌唱力が、絶対に必要なんです。
ファントムの歌にハラハラさせられるようではお話にならないんです。
初めてにしてはよくがんばったよね、その割には上手いじゃん、とか言われている時点でアウトです。

この役は、声だけでクリスティーヌと観客を酔わせることができなくてはいけません。



映画版のファンの方からは、主に舞台シンパの偏狭さについての批判の声が大分あったようですが、前提が違うんだからして、議論が噛み合うわけはございません。
(言っておきますが、わたしは舞台シンパではないです)


Howard McGillin氏の歌声は、その瞬間瞬間で、天使になり悪魔になり、限りなく優しく懐かしい父親になり、抗いがたい磁力を放つ誘惑者になり、そして実らぬ愛に身を焦がす一人の男になりと、まさに。

変幻自在。

一体この人は、何種類の声を使い分けることができるんだろうかというくらい。

今さっき全身を震わせて泣いていたと思ったら、次の瞬間には狂ったように怒りを爆発させるところなんか、ほんっとうに凄い。圧倒されます。

「Insolent boy!」の歌い出しなんて、本当にキレてて恐いんですよ、マジで。
この最初の登場のシーン、たった一声だけで、ファントムが常人ではなく、どこか人智を超えた存在であることがはっきりわかるんです。

一転して誘惑の曲、「Music of the night」では、あくまでも優しく、どこまでも甘美。
"Close your eyes, let your spirit start to soar" のところなんて、聞いてるとこっちまでどこか遠いところに連れて行かれそうになる。

「Say you love me・・・」の懇願なんて、ファントムの苦悩に胸をしめつけられて、本当にどうにかなりそうになるんですよ!

そして、消え入りそうな「Christine, I love you・・・」。

それでいて、最後の「It's over now, the Music of the Night!」のほとばしる感情の激烈さ!

痛い、苦しい、切ない、堪らない。
クリスティーヌが離れて行くのは無理もない。というかむしろそれが正解。

だって、こんな人と一緒に生きていくのはどう考えても不可能でしょう。
下手をするとこっちの精神の均衡まで失わされかねないこの情念の濃さに、普通の人間が耐えられるわけがありません。

すげえ。
That’s the 怪人



舞台は映画より一層暗く、仮面をつけているファントムの表情は、かぶりつきでみてもそれほどはっきりみてとれるわけではありません。

しかし、HM氏は声の強弱、息遣い、背中の表情、そして指の演技で、ファントムの極端に振れ幅が大きい感情を、狂気込みで、それはそれは、見事に表現するんです。

狂った天才でありながら結局は愛に飢える一人の男という、ファントムの哀しさ、孤独と切なさが胸に迫ってきてどうしていいかわからないくらいです。
かといってね、母性本能に訴えるというタイプではまったくないんです。
この人のファントムは"男の子"ではない、あくまでも、どこまでも"男"なんですね。

なんか、「母性」なんていう安い思い入れは寄せ付けないような孤高感を漂わせていて、それがまた素敵で。
かわいそうでかわいそうで、手を差し伸べたくて仕方がないんですが、決して触れさせてくれない。

だからこそ「怪人」なんだという、有無を言わさぬ説得力がありました。



ルックスも完璧。
2メートル近い長身で痩せ型、指が細くて長くて顔が小さく、立ち姿、動き共に非常に美しい。
少し猫背気味の背中から男の色香が匂い立つようです。

1953年生まれの御年52歳だそうですが、とてもそうは見えないです。
とは言っても、このただならぬ色気はたかだか30代やそこらの若造に醸し出せるものではなく、そう考えると納得ではあります。

てか、もちろんファントムは

絶対にオヤジでなければならない

ので、50歳というのはむしろ理想的な年齢といえるんですが。



今回のHM氏は期限限定復帰ですが、少々無理をしてでも、この人のファントムは観ておく価値があると思います。
本当に素晴らしいです。



百聞は一見にしかず。是非。













・・・と、まァ、こんなかんじで。




このときを始まりにして。


旧ブログでは、この人関係の記事を、なんとわたくし。

200本ほど書いています。


今となっては、もう表には出せません。
すみません。





ちょっと懐かしかったので、ふと思い立って、再掲してみました。




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