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国宝 阿修羅展
Sun.07.06.2009 Posted in Art

asyura.jpg



『国宝 阿修羅展』について。



興福寺の阿修羅像。


無論、初めてではなくて。
今までにも、何度か拝観しているけれども。

後ろ背面を拝む機会はやはり、そうそうない。





ところで、阿修羅ってのは怒りの神です。

別名で阿素羅、阿蘇羅、阿須羅、阿須倫とも書く。


闘争と戦闘の神。
一種の鬼神ね。


元々は、古代ペルシャの聖典『アヴェスター』に出る最高神、アフラ・マズダーに対応していて。
それが古代インドの魔神アスラとなり、のちに仏教に取り入れられたんだそうな。


帝釈天に敵対する神で、忉利天には住めない。
つまり、天界の一つ下の階級にいる神様なわけ。

仏教界では。



だからというわけでもないんでしょうが、興福寺の阿修羅像は、よく言われるように。
たいへん、人間的です。


別に、作り手がリアリティを追求して製作したというわけではなくて。
省略するところは省略してあるし、誇張しているところは思いっきり誇張してある。

鼻の穴はあえて作られていないし、胴体は長く。
六臂のバランスも微妙。


が、全体的に受ける印象は「ザ・リアル」。

なんというか、抽象的な像ではございません。


だからね。


こんな風に申しては不敬なれども。
仏像的な有り難味みたいなものは、実は。

きわめて薄い作品だと思います。


良い悪いではなくて、そういう像なの。



この神は、こんな風に、ただここにおわします、といった風情でね。

衆生を救うような雰囲気は、いたって希薄。


そのあたり、第三章で展示してある中金堂のご本尊仏と比べると、よくわかると思います。

あちらはね。

思わず拝みたくなるんですよ。
救っていただきたくなるの。


実際救ってくださいそうだし。


で、わたしは、こちらがスタンダードな仏像の姿と思う。



翻って、阿修羅像はそうではないのね。



天平の、この時代の仏像の特徴なのかな、とも思いましたけども。
お仲間の八部衆や、同時期に作られた十大弟子像はそうでもないです。


阿修羅像だけが、その点は突出している。


だから目立つし。

異形・異色の像として、多くの人間を魅了して来たし。

今に至っても、老若男女問わず。
大勢の人々を惹きつけるんだろうと思います。


生々しいんですよ。



この像は、別世界にあるべき仏ではなくて。

「わたし」と相対する人として、ただそこに存在するような感じがすると思いますがどうでしょうか。



わたしなんかはね。

なんかこう、仏像というもののレゾンデートルを問いたくなります。
この、阿修羅像を見ていると。



asyura2.jpg



ある程度の年数、人間をやってたら。


わが身を燃やし尽くすんじゃないかと感じるほどの。
強烈な感情を経験したことが、きっと誰にでもあるだろうと思うんですよ。


そうでもない人もいるのかもしれないけど。


怒り、闘争心、嫉妬、憎悪。
その他諸々。


苦しくて苦しくて、口から内臓が逆流するんじゃないかと感じるような。

眼球が涙で溶けて、ドロドロと眼窩から流れ出すような。


この世に、こんなにも辛いことがあるだろうか、という。



これらのネガティブな感情に向き合うのは、本当にキツいし、辛いことで。
体力も気力も、勇気も根性もいる。

そりゃもう。

一番見たくない、自分の姿を見ることになるからね。


できれば目を背けていたいだろうし。
気づかなかったふりをしていたい、自分自身の醜い醜い、浅ましい感情。

そんなものは、なかったことにしてしまいたい。


だからついつい、人は。

自分以外の何か。
あるいは、ほかの誰かに原因を求めがちだ。



もしくは酒やドラッグその他で我を忘れる。


あるいは、神に救いを求めるとかね。
そういう方向に行く人も、大勢いるんだろう。


別にわたしは、それでも構わないと思う。


人にはそれぞれ、危機に対する対処法というのがあって。
どれが良いとか悪いとか言うことではない。



でも、わたしは、目を背けたくないのだ。

どんなに辛くても、向き合って。

そのときの自分の感情と、自分の内面と。
自分自身を見据えたい。


逃げるのは、わたしのスタイルではないから。



「心に阿修羅がいる状態」と言うけど、本当に本当に、それはそれは辛いことですよ。

死ぬっていうのはこういうことなんじゃないか?とすら思ったこともある。


でも、そうなってみて初めて、見えてくることってのがあるのだ。


そこからしか出てこない表現というものがあるの。




わたしには、この像は、そんな風に。

あがき、もがき、必死に戦う人間の姿を肯定しているように見えたな。


助けるでもなく、救うでもなく。
ただそこに、端然と存在している、それだけのことで。



それもまた有りだよ、と。




asyura3.jpg





東京の会期は本日6月7日まで。

今後、展覧会は九州に巡回します。



この機会に是非、ご覧ください。


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