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Jasmin
Thu.21.05.2009 Posted in flowers

090521-2.jpg


素馨、コテチャ、玉羊歯。



第三応用立身型・盛花。


この型は、中央の控の枝を中心に、真と副が、左右に扇のように開いた形。

比較的安定感のある型で、三方向から鑑賞されるようにできているために。

この型は、「三方正面の花型」と呼ばれることがあります。


控を前方75度と、かなり前のめりに活ける。
そして、真と副の間、上部に大きく空間をとる。

ので、従枝の処置に、気を使う形。


090521-5.jpg


コテチャは、月見草の1種です。

芙蓉にも似ていますね。


夏らしいテイストの、とても可愛らしい花です。
テクスチャーが紙のようで、面白い。

ほとんど一日花ですね。
月見草だから。


玉羊歯は、真っ直ぐのままだと、あまり風情がないので。
わたしはこのように、丸める、あるいはしならせる。

あるいは、半面。
もしくは、半身の葉を、ざっくり落として使うことが多い。


09521-1.jpg


ところで、素馨。


ソケイと読みますが、これは、ジャスミンのこと。

モクセイ科ソケイ属(Jasminum)の植物の総称です。


これも、夏の花ですね。


ジャスミンは色々な種類があるけれども、今回使ったのは黄ジャスミン。
羽衣ジャスミンやマツリカよりも、香りが優しいです。

わたしは好き。



ちなみにカロライナ・ジャスミンとは、まったく違う品種です。
(カロライナ・ジャスミンは猛毒があります)


090521-3.jpg


森茉莉さんの茉莉も、ジャスミンという意味ですけども。

ジャスミン、あるいはヤスミンという名前の女性は、世界中にとても多い。


女性らしい、素敵な名前だと思う。





ジャスミンというと、わたしには一人、すぐに思い出す女性がいて。
その人は、タイ人だった。


大学・大学院の恩師のところに、はるばるバンコクから指導を受けににやってきた彼女と、しょっちゅう先生のところに入り浸っていたわたしとは、自然、会うことが多かった。

あるとき先生が、彼女を、わたしに引き合わせてくれた。


「彼女の名はジャス」と言って。



ジャス?と聞き返したら、ジャスミンのジャス、と。


なんて綺麗な名前なんだろうと思った。




親しくなってから聞いたら、”ジャスミン”は、彼女の本名ではなく。
愛称だった。

彼女が、自分で自分につけたもの。



香港や台湾の人同様に。
タイの人は、本名のほかに。

いわゆる「通り名」を持つのがごく普通ということを。

わたしは、そのとき、初めて知った。


国外で活動する人が主だと思うけど。



「タイ人の名前はとても長いの。発音も難しい。
外国人には覚えるのが大変過ぎるから、わたしは、”ジャス”でいいの」


屈託なく言う彼女の笑顔に、わたしは。


ああ、そうか。
名前なんて、所詮そんなもんだよね。


記号みたいなもんだ。


その程度のことに過度に拘るのって、なんだか滑稽だよな、と。


ごく自然に、腑に落ちた。



090521-7.jpg


でも、通り名に、美しくはかない花の名前を選ぶところが。


ああ、やっぱりな。

繊細な、東南アジアの女の子だな、と。


なんだか、嬉しかった。



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comments

今回のお花はコテチャの色彩に加えて、花器が船みたいで、夏の訪れを感じさせてくれますね。
浴衣が着たくなりました。

>その程度のことに過度に拘るのって、なんだか滑稽だよな、と。

お花の話題から外れますが、この一文にとっても共感いたしました。
凝り過ぎた名前も美しさを追求した故なのでしょうが、
社会的ツールとしては不自由で、陳腐なものになりがちのような気がします。

タイのお友達のお名前は素敵ですね。
MARIさんともお揃いみたいです。







メガヒヨさん

花器にご注目いただいてありがとう!
これを作ったのは夕方なんですけども、日中、まるで夏のような気候だったもので、涼しげな花器に活けたくなったんだと思います。

船のようという形容も、人に言われて納得です。
多分、そういう気分だったんですよ。船出、みたいな。

名前は、わたしは、できるだけ覚えやすくて簡単なのが良いんじゃない?派なんです。
本人が気に入らなきゃ、別に改名するのだって自由だし。

名づけに凝りたいという気持ちはわかりますけども、でもそれって、日本人に独特の感覚だと思う。
漢字文化圏でも中国の人はあまりその辺、拘りないですし、韓国人も拘りませんね。彼らは合理的だから。

名づけ一つで大騒ぎって、島国らしい繊細っちゃあ繊細な拘りなんでしょうが、このことに限らず、枝葉末梢のところで議論するのって、わたしはあまり建設的とは思いません。

どんどん本質論から離れて、「それって単なる好みの問題でしょ?」としかオチのつきようのない話になることって、この国では、ほんと多いですね。

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