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■MOVIE■『グラン・トリノ』★★★★★
Sun.26.04.2009 Posted in Movie

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朝鮮戦争の従軍経験を持つ元自動車工、ウォルト・コワルスキー(クリント・イーストウッド)。

妻に先立たれた彼は、家族とも距離を置き、愛犬と共に孤独に暮らしていた。

そんな彼の隣家に、ラオス移民でモン族の一家が越してくる。
彼らの中にはスー(アーニー・ハー)とタオ(ビー・バン)という姉弟がいた。

ある日、近所のアジア系移民のギャングが、タオにウォルトの所有する1972年製グラン・トリノを盗ませようとする。
タオに銃を向けるウォルトだが、この皮肉な出会いが、二人の生き方を変えるのだった…。


イーストウッド製作・監督。
『ミリオンダラー・ベイビー』以来、4年ぶりの自身の主演作。


とりあえず。

『チェンジリング』と本作を、同じ年に撮っていることに驚きます。

なんじゃ、このおっさんは。


『チェンジリング』も重厚な傑作でしたけれども。

本作はまた、なんてんですかね?

「笑い」の要素が豊富である分だけ、前作よりも、かえって深い余韻を残す、という。
非常に味わい深い作品でした。

凄いもんだねぇ。


イーストウッドはバリバリのリバタリアンなので。
本作でも、ポーランド移民の一徹オヤジであるところのコワルスキーは、当然のように。

「テメエの蒔いた種はテメエで刈り取り」ますよ。

警察の介入も、神父の説教も、家族の声も、一切聞き入れませんよ。

でもね。

人が一人っきりでやれることなんて、無論。
限られているわけですよ。

で、そのことも、彼は、骨身に沁みて知っているのね。
それでもなお、自分の生き方を貫くんです。

その姿はとっても格好良いんですけども、同時にどうしようもないおかしみ、みたいなものも漂わせていて。

その塩梅が絶妙なんだな。

ある意味、すごーく子どもっぽいのね、このおっさんは。

そのことを多分、亡くなった彼の妻はよくわかっていて庇っていたんだろうし、隣家に越して来た才気煥発なスーは、彼に会った瞬間に、一発で見抜くんですね。

で、また、そういう相手には割とあっさり心を開くのよ、このオヤジは。


おまえはガキか!

この寂しん坊が!


可愛いじゃねぇか!


gran_torino_xl_03--film-A.jpg



そんなかんじで。

映画の前半は、イーストウッドのオヤジ演技に、ひたすら。

悶絶させられます。

いや、表情とか、唸り声とか。
おかしいんだもの。


贈り物攻撃に辟易しながらも、アジア飯の馥郁たる香りに、実にあっさり降伏するところとか。
隣家のホームパーティーで、モン族のおばはんらのご馳走責めに、困ったような、でもものすっごい嬉しそうな笑顔を見せるところとか。


これはなんですか?


オヤジ好きへの挑戦ですか?


みたいな。
(いやほんとに)

喀血なんかされた日には。


わたしがいくらでも介抱してやるがな、大人しくせんかこのfuckin'クソじじい!
(あらお下品)


・・・てな気分にさせられます。


男は年食っても、この路線があるから良いよねぇ。

ばばぁには真似できないよこの可愛らしさってのが、隣家のアジアンばばぁと比べると、よーくわかります。


ずるい!


とまぁ、そんな調子で。

前半は一貫して、笑わせるだけ笑わせておいて。

だからね。

物語の中盤からの展開と、ラストが物凄く効いてくるんですね。



ああ、そうか。
そうくるのか、って。


最後はもう、滂沱の涙です。




タオ一家とコワルスキーと、モン族のチンピラとの関係がどんどん悪化していって、コワルスキーが可愛がっていた利発なスーが、とうとうレイプされるところまで行って。

温厚で大人しいタオも、亡妻から頼まれてコワルスキーの魂を救済しようとする真面目な神父(クリストファー・カーリー)までもが、復讐を決意する。

でね。

普段から何かというと銃を引っ張り出してきて人を威嚇するコワルスキーも当然、報復するだろうと。

これも当然のことながら、彼らは思いこんでいる。



でも、コワルスキーは、それをしないんです。

なぜしないのか?

その「なぜ」が明かされるとき。

それが本作のクライマックスです。


これで泣かずにいられる人なんて、きっと。

どこにもいないだろう。


この映画のラストシーンは、それはもう。
渋く、粋で、感動的なものになっています。


GranTorinoGun.jpg


「やられたらやりかえせ」的な、攻撃と復讐の構図ってのは、ある意味。
極めて野蛮なアメリカという国家の、もはやお家芸のようなものだと。

わたしは思っています。


でも、イーストウッドはね。

今現在も、その泥沼から抜け出せないでいるように見える、彼の愛する故国アメリカに。
彼なりの一徹なやり方で、「おまえさんら、ええ加減に馬鹿はやめろ」と。

この映画の中で、彼はそう言っているように、わたしには見えました。

既に老境に達した元ダーティー・ハリーの、最後にたどり着いた境地がここか、と。

そう思うと、より一層感慨深い。



そうだよな。

こういう戦い方もあるんだよな、と。



「男の中の男」なんて、そんな陳腐なことは申しませんよ。
マッチョは、わたしの最も苦手とするところだから。


そうは思わない。

けど、これぞ人間、と。


わたしは思う。


また、あえて言うなら。

イーストウッドが本作で描き出したのは、単なる田舎の人種問題や、老人と移民の子のほのぼのとした心の交流なんてものではなくて。


彼が提示してみせたのは、グラン・トリノとコワルスキーに象徴される、”消え行くアメリカ”と。

もしも「これから先」というものがあるのであれば、その未来はこういう形でしかないのではないか?という。

”この先のアメリカ”だろうな、と。


そのようにも思いました。


この映画は、イラク戦争とブッシュのアメリカへの、イーストウッドからの回答なんだろう。




素晴らしい作品でした。

今年観た中では、個人的にベストです。



老いも若きも、おっさんもおばはんも、皆見るがいい。


苦虫を噛み潰したようなイーストウッドの皺だらけの顔、ぽよぽよした銀髪。
染みの浮いた肌、老化で色素が薄くなった青い瞳の表情に。


とっとと泣かされてきてください。



以上。


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comments

私もこのおっさん(クリント・イーストウッド)どんな頭してんねん!
と思いましたー。(^^;;いやはや何が彼をこんな風に突き動かして
いるのでしょうか。
鑑賞後は様々なことを考えながら、いつまでも映画の余韻が残り、
自分の価値観などを見つめることになるのですが、それとともに、全編に
溢れていた微笑ましいユーモアの数々も同時に思い返され、1つの映画としての
完成度はすさまじいものだったと思いました。

追加横レスですが、会ってないのに信じちゃダメですよー!
アドバイス有難うございます(笑)
そうですねー。よくうちのダンさんにも人を見る目がないとか、
どーでもええヤツのこと心配しすぎや!と
あきれられます(^^;;
浪花節モードは、だけど治らないんでしょうなー。

mint2さん

後ろアタマがポヨポヨで、ひよこのようでしたね>おっさん
でも絶対あれ、確信犯ですよ。
このじいさんは自分のチャームポイントをよっくわかってますよ。憎いねぇ(笑)

>浪花節モード
血統は関西人なれど関西在住時代を忘れてしまっているわたしには、そのあたりはどうも、いまいちピンと来ません。
でもそうですね、うちのばあさん(生粋の大阪人)なんかは、どーでもいいことをえんえんと心配してますね(笑)

いいんじゃないですか?
そういうタイプの方は心配するのが趣味ってか生きがいってかなんだから、別にそれを取り上げることもないんじゃないの?ってね。
わたしは思いますよ(笑)
松本仁志のおかんコントとかね、面白いしね(笑)

どうかそのままナニワのおかん道を邁進なされてくださいませ。

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